2014年09月28日

災害時のマスコミ報道が役に立たない


 東日本大震災の時も感じたことですが、今回の御嶽山噴火で改めてマスコミ報道が役に立たないと感じました。まるで戦時中の「大本営発表」の時代のようです。

 明らかに死者が出ているにもかかわらず、「意識不明者」という間際らしい言葉を使って、国民をミスリードしています。一般に、「意識不明者」という言葉を聞いたら、「意識があるかないかを確認して、意識がないことを確認した状態」を指すと思います。それなのに、「意識不明」かどうかさえも確認しておらず、「死者」かも知れない火山灰に埋もれている状態なのに「意識不明者」という紛らわしい言葉を使っています。これでは、被害の状況がまったく伝わりません。

 東日本大震災では、津波到達後数時間経っても死者は数十人という情報をマスコミは延々と流していました。これを聞いた人たちは、被害はたいしたことがないと思ってしまいます。実際には大変なことが起きているのに、正確な発表がないと、つまり、資料がないと後で責任問題になるから、公的機関の発表があったことだけを伝えるという、責任逃れの報道です。「大本営発表」に依存しています。

 ワイドショーでは、本当かどうかはお構いなしに、様々な憶測を垂れ流しているのに、肝心の災害時にはまったく役立たずです。

 笑ってしまったのが、「被害に遭われた方々は、情報の把握に努めて下さい」というもの。言っている本人も中身のない報道ばかりで恥ずかしいらしく、公的発表の繰り返しになりましたが。遭難者は、貴重な電池を無駄に消費するだけです。

 "後出しじゃんけん"しかできないマスコミは、信頼できません。

 「嘘・大げさ・まぎらわしい」を監視するjaroの管轄は広告だけ。では、被害を「過小」に報道するのはどうでしょう? それは「大本営発表」を公表しなければならなかった戦時中の報道機関だけの筈です。ところが、現在も同じようなことをしていると、戦時中のためというマスコミの言い訳がウソっぽくなります。

 「過小報道」については誰も指摘しないのが不思議なところです。27日の御岳山噴火の報道では、"人的被害の規模"がまったく分かりません。「過小報道」は、報道機関のあり方として、最もやってはならないことだと思います。それが、東日本大震災後も何ら改善されていない。こんな基本的なことがマスコミの報道姿勢の問題としてなぜ取りあげられないのか不思議です。

 これに対する言い訳は色々想定されますが、上で書いた本質をクリアできるような言い分があるのでしょうか。マスコミとして。

 山小屋で生命の危機にさらされながら過ごしている人たちに、彼らが欲しい情報とは何かを考え、彼らがどうしたらよいかを語りかけるマスコミはいません。情報を本当に必要としている人たちに向けて、それを伝えようとするマスコミはいません。危機意識がとても希薄に感じます。


posted by ネコ師 at 05:18| Comment(0) | メモ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください