2016年03月13日

岩倉使節団のなぞ:15ヵ国との条約改正とはどこの国?


 岩倉使節団派遣の目的の一つに、条約改正の予備交渉がありました。
 以下に、宮永氏の論文を引用しますが、これとまったく同じ内容の記述を他の書籍でも見つけることができます。(探した見たら、同氏の書いた『アメリカの岩倉使節団』宮永孝、ちくまライブラリー70、1992 でした。15ヵ国の記述はWikipedia『岩倉使節団』でも記載されています。)

 『維新が成ってまだ日が浅い新生日本は磐石な政治基盤を持たぬまま、新しい国是のもとに、迷走を続けていた。当時の為政者にとって最大の研究課題は日本をどのような国家にすべきかということであった。天皇親政の近代国家として出発した明治政府は、旧幣を改め、政治外交も面目を一新せねばならなかった。そのためには欧米の文明に範を仰ぎ、それを日本の近代化に役立てることが急務であった。わが国は幕末から明治初年にかけて欧米十五カ国と修好通商条約を結んだが、いずれも最恵国約款を相手国に許し、領事裁判権・関税の自主権なきを甘受したものであった。』
(『アメリカにおける岩倉使節団 −岩倉大使の条約改正交渉−』宮永孝、法政大学社会学部学会、1992、p.43)

 Wikipedia『岩倉使節団』には、「1872年7月1日(明治5年6月26日)をもって欧米十五カ国との修好条約が改訂の時期をむかえ、以降1ヵ年の通告を持って条約を改正しうる取り決めであったので、明治政府はこの好機を捕えて不平等条約の改正を図ったのである。」という記述があります。

 管理人が気になったのが、「幕末から明治初年にかけて欧米十五カ国と修好通商条約を結んだ」という部分です。なぜ、不平等条約をこんなにたくさんの国と結んだのでしょうか。そもそも、15ヵ国とはどの国のことでしょうか。

 この疑問は、ネットで調べれば簡単に分かる、と思ったのですが、どこにも書かれていません。文献も調べましたが、書かれていない。どの資料でも3、4ヵ国書いているだけでお茶を濁しています。具体的に15ヵ国がどこなのかは書いてありません。

 岩倉使節団は、アメリカ、イギリス、フランスなど12ヵ国を訪問しています。具体的には、@アメリカ、Aイギリス、Bフランス、Cベルギー、Dオランダ、Eドイツ、Fロシア、Gデンマーク、Hスウェーデン、Iイタリア、Jオーストリア、Kスイスの12ヵ国です(使節団の訪問国順)。15ヵ国には3ヵ国足りません。

 誰も書かない15ヵ国の謎。残りの3ヵ国はどこだ?
 これが今日のテーマです。

 文献や外務省の資料から情報をつなぎ合わせて、やっと15ヵ国が分かりました。
 それが下の表です。

幕末・明治維新に結ばれた15ヵ国との修好通商条約


条約締結日相手国条 約 名
1854年3月31日アメリカ日米和親条約、横浜で調印
1854年6月17日アメリカ日米和親条約付録、下田で調印
1854年10月14日イギリス日英和親条約、長崎で調印
1855年2月7日ロシア日露和親条約、下田で調印
1856年1月30日オランダ日蘭和親条約、長崎で調印
1858年7月29日アメリカ日米修好通商条約十四ヵ条、貿易章程七則、ポーハタン号上で調印(安政条約、江戸条約とも)
1858年8月18日オランダ日蘭修好通商条約、江戸で調印
1858年8月19日ロシア日露修好通商条約、江戸で調印
1858年8月26日イギリス日英修好通商条約、江戸で調印
1858年10月9日フランス日仏修好通商条約、江戸で調印
1860年8月3日ポルトガル日葡(ポルトガル)修好通商条約、江戸で調印
1861年1月24日プロセイン日普(プロイセン)修好通商条約、江戸で調印
1864年2月6日スイス日瑞(スイス)修好通商条約、江戸で調印
1866年8月1日ベルギー日白(ベルギー)修好通商条約、江戸で調印
1866年8月25日 イタリア日伊修好通商条約、江戸で調印
1867年1月12日デンマーク日丁(デンマーク)修好通商条約、江戸で調印
1869年10月18日オーストリア=ハンガリー日本・オーストリア=ハンガリー修好通商航海条約
1868年11月12日スペイン日本・スペイン修好通商航海条約
1868年11月11日スウェーデン=ノルウェー日本・スウェーデ ン=ノルウェー修好通商航海条約
1869年2月20日北ドイツ日本・ 北ドイツ連邦修好通商航海条約


 この表を見ると、ドイツが重複しています。プロイセン王国は1871年にドイツ帝国になっています。
 つぎに、スペインとポルトガルです。

 岩倉使節団は当初、スペインへの訪問も予定していましたが、スペインでは、1868年9月、革命が起こり(スペイン9月革命)、女王イサベル2世(Isabell II)がフランスに亡命するなど、混乱が続いていたため、訪問を見送りました。その先に位置するポルトガルへの訪問も取りやめたということでしょう。

 調べてみると、1873年7月2日付け東京発岩倉大使あて公信第60号で、ジュネーブに滞在中の使節団に対し、至急帰国するよう指示が届きます(ジュネーブで7月9日受信)。スペインでは騒擾(そうじょう)が起きていて(当時のスペインでは数年間にわたって、革命と新体制の樹立、反乱や内戦が相次いで起きていました)早々に治まりそうもなく、ポルトガルに向かうためにここを通過するのも難しいことから、スペインとポルトガルの両国には断りを入れて訪問を取りやめ、このまま速やかに帰国するように、との指示でした。岩倉大使はこれを受け、別行動をとっていた人員を除く一行とともに、7月20日にフランスのマルセイユを出航して帰国の途につきました。

 ちなみに、スペイン及びポルトガル両国へは、1876年に在英上野景範公使が派遣されています。上野公使は1876年4月1日スペイン皇帝、同月29日にポルトガル皇帝にそれぞれ国書を奉呈しました。

全権委任状の不思議


 条約の交渉には全権委任状が必要となります。これは外交上の常識になっており、当時もそうでした。岩倉使節団が渡米したとき、大久保と伊藤が日本にこれを取りに戻ったくらいです。

 ところで、1858年に結ばれた日英修好通商条約では、調印した英国政府の代表エルギン卿は全権委任状を持っていたのでしょうか。実は、持っていなかったのです。

 当時、清国との交渉をしていたエルギン卿は、米国の初代駐日公使タウンゼンド・ハリスが江戸幕府との間で修好通商条約に調印したとの情報を入手しました。条約の内容を自国に有利なものにするためにエルギン卿はすぐに日本と条約を結ぶ必要があると判断しますが、全権委任状を本国に申請している時間的余裕がありません。このため、全権委任状無しで日本に向かうことになりました。確信犯です。

 この時、ビクトリア女王から蒸気船エンペラー号が将軍へのプレゼントとして送られます。エルギン卿率いる四隻の艦隊のうち一隻がこのエンペラー号でした。これを口実にエルギン卿は下田まで艦隊を移動させました。1858年8月26日に調印が行われ、直ぐにエンペラー号の引き渡しが行われました。

 岩倉使節団は、全権委任状を持っておらず権限のないエルギン卿と調印した条約は無効である、と条約改正ではなく、条約そのものの無効を訴えるという手もあったように思います。もちろん、そんなこととは夢にも思わなかったでしょうが。

 小栗上野介のような本当に頭の良い人たちが死んでしまっているので、田邉泰一(太一)のような明治政府で雇われている優秀ではあるものの格下の旧幕臣たちではそのようなことまで頭が回らなかったのでしょう。

 ニューヨークで旅費や手当の残りを高い利息に釣られてナショナル・バンク預けた使節団員が多数いましたが、一行がイギリスに到着して直ぐにこの銀行が破産し、預金の大部分を失ってしまいます。その被害額が多かったのは、旧幕臣の中でもケチで有名だった塩田や、『米欧回覧実記』の残した久米でした。まさに下級幕臣(公務員)です。

 銀行にお金を預けて何が悪いと思う方もいると思います。もちろん、長い道中、大金を持ち歩くよりも銀行に預ける方が安心ですし、さらに利息までもらえる。こんな良いことはありません。

 でも、管理人の見方は違います。というのも、管理人も同じような場面に何度も遭遇しているからです。

 お金のことを考えるのは良いのですが、実際には、そのような人は「お金のことだけ」を考えて、本来業務がなおざりにされます。行動規範が『お金』なのです。多忙を極めてまったく自分の時間がなかったようなことを口ではいいながら、利息計算に余念がない、あるいは、何を見てもどこへ行っても儲け話がないかばかり気にする、そんな姿が見えてきます。

 業務に集中している人は、業務外の煩わしいことに頭を使いたくない。伊藤博文や旧幕臣の福地源一郎などは銀行に預けるようなことはせず、被害にあっていません。預けなかった人たちもかなりいたようで、預けた人たちを揶揄する狂歌を残しています。

 この銀行破綻(1872年11月27日)は、1872年11月9日、ボストンで発生した火災(ボストン大火)に起因する連鎖的な倒産によるもので、運が悪かったともいえますが、資本主義を学ぶ上で高い授業料を支払ったことになりました。


posted by ネコ師 at 09:47 | Comment(0) | 岩倉使節団の謎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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