2016年06月11日

和宮終焉の地、塔ノ沢に行ってきました


 明治10年9月2日、和宮が薨去された箱根湯本塔ノ沢に行ってきました。題して『和宮様を偲ぶ旅 〜塔ノ沢編〜』。

 『皇女和宮の謎』シリーズを書いていた頃から和宮が亡くなった土地を訪れたいと思っていたのですが、急に思い立ち、今回の旅になりました。天気も季候も良いし。過去記事で書いてあることはこの記事では書きません。同じことを書いても仕方がないので。

 新宿から箱根湯本まで「スーパーはこね13号」に乗ります。

super hakone 13


 箱根湯本で箱根登山鉄道各停 強羅行きに乗り換え、次の駅、塔ノ沢駅を目指します。

塔ノ沢駅付くのトンネル


 塔ノ沢駅に到着。駅に降り立った管理人は、山の中に取り残されたような気分になりました。



塔ノ沢駅


 塔ノ沢駅は無人駅で、駅舎があるだけ。周囲は山しか見えない。普通、駅といったら、大なり小なり駅前広場のようなものがあると思っていたのですが、ここは違いました。

 しかも、駅の外に道路が無い!
 幅1メートルくらいの小道が山の中に延びてはいるものの、車が通れるような道路ではありません。どう行ったら良いのだろう。心細くなります。

 地図を見るのが嫌いな管理人は、適当に歩き始めました。道はどんどん下っていきます。

塔ノ沢駅からのメイン道路


 山道を5分ほど歩いたら大きな道路に出ました。その道路をさらに5分ばかり登っていくと「環翠楼」の看板を見つけました。和宮が亡くなった場所です。

環翠楼正面


 本当は「環翠楼」に宿泊しようかと思ったのですが、料金プランを見ると「¥18,360〜¥30,240 」とかなり値が張ります。もし、和宮が泊まった部屋があるのであれば泊まっても良かったのですが、現在の環翠楼は大正時代に建てられたものです。旅館のオーナーも和宮の時代とは代わっているし。旅館自体には興味はないので宿泊せずに日帰りにしました。

 実際の環翠楼を間近に見て、イメージとかなり違っていました。現在の環翠楼の周辺の状況は、和宮が宿泊していた当時とは大きく変わっているように感じました。

 旅館の脇を流れる早川は、道路から見てかなり低い位置を流れています。逆に見れば、旅館や道路は早川の水面よりもかなり高い位置にある。

 長崎大学附属図書館所蔵の明治時代の環翠楼と早川の写真のイメージを持って現地に来たので、あまりの違いに戸惑います。明治10年、つまり138年前とは地形も変わってしまったようです。

 環翠楼の玄関前に立って感じたのは、早川の水の音が相当うるさいということ。
 せせらぎの音ではなく、濁流の音という感じです。これじゃあ、ゆっくり休めないと思うほどの水の騒音です。たぶん、直ぐに慣れるのでしょうが。

 和宮が宿泊していた当時も水音はかなりのものだったようですが、現在の方がうるさいと思いました。

 河川の流速が早く、河床が洗掘されたために、川が深くなったのでしょう。川の中には大きな石が目立ちます。

明治の塔ノ沢環翠楼
     Source: 長崎大学附属図書館。画面左の建物が「元湯環翠楼」

 長崎大学附属図書館所蔵の写真とほぼ同じ位置から撮影したものです。川の深さや川幅が明治と現在とでは大きく異なります。

対岸から撮影した環翠楼
 

 環翠楼の正面玄関です。ここに使われている玄関のガラス板は相当古いものだと思いました。以前、フランクフルトのゲーテの家を訪ねた時に見た窓ガラスを思い出しました。

環翠楼正面玄関


Kansuirou_3.jpg


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 当時の写真と現在の写真を比べると、河床が2,3メートル、あるいはそれ以上低くなっているように見えます。

 管理人は、大正時代に立てられた旅館に興味はありません。関心があるのは和宮が亡くなった場所、空間です。環翠楼の周囲を3往復して、当時の余韻に浸りました。

阿弥陀寺に行く

 和宮関連の記事でたびたび出てくる「阿弥陀寺(あみだじ)」。せっかく塔ノ沢まで来たのだから行ってみることにしました。かなりの山登りになるらしい。

 スマホでMapを表示したら、道路が標示されません。どうやって行くのだろう?
 とりあえず塔ノ沢駅まで戻ることにしました。

 道の途中で環翠楼を見下ろせる場所を通ります。川向こうに見える建物が環翠楼です。

Kansuirou_5.jpg


 塔ノ沢駅までは、今度は登りになります。それでも10分足らずで駅に到着。
 スマホで、Google Mapを表示します。すると、Google Mapでは阿弥陀寺までの道が表示されています。

 塔ノ沢駅で降り立ったホームの反対側に行くために、跨線橋を渡ります。すると、跨線橋の途中で山に向かう分かれ道があり、そこに案内板もありました。

 
tohnosawa_station3.jpg


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 そこで、跨線橋の上から山に入り、2、3分歩くと、「手打ちそば、営業中」の看板を発見。お腹がすいていたので昼食をとることにしました。『杣の栖(そまのすみか)』というお店です。「の」しか読めない。

tohnosawa_soba1.jpg


 出てきた蕎麦がこちら。蕎麦は大盛りです。

tohnosawa_soba2.jpg
 

 さて、お味は。・・・・・。美味しいと思います。かえしをもう少し熟成させると味に深みが出るのですが・・。グルメ記事ではないので、次に進みます。

 お店の人に、阿弥陀寺までの道を聞きました。すると、かなり大変な道のようで、最後に、「お気をつけて」と言われました。どんだけ険しい道なのだろう。体力に自信の無い管理人は、一瞬、あきらめかけましたが、気を取り直し、阿弥陀寺まで登ります!!!

 登り初めて直ぐ、登山口に到着。左脇に「杖」が吊してありました。ここで「杖」アイテムをゲット。これで少しは楽に進めそうです。

stick1.jpg


 登りながら感じたのは、確かに息切れするのですが、呼吸自体は苦しくないということ。ボリビアとは違います。管理人が住んでいたのは標高2800mのボリビアのスクレ市。田舎に行くと標高3000mは当たり前。少し歩くだけで息切れして呼吸が苦しくなります。

 でも、日本には、そのような標高の場所はあまりないので楽勝です。「息切れしても酸素がたくさんある! 空気が濃い」と感じます。ボリビアでは、「酸素が足りない! ぜぇぜぇっ」という感じだったので、この程度の登りはたいしたことありません。

 いくら呼吸しても酸素が足りないという恐怖、分かりますか? トラウマになります。
 イメージが湧かないと思うのでボリビアの写真をアップします。写真の右端に見える家まで行くところですが、道路から家までの高低差は200mあります。下りは良いのですが、登りはまさに山登り。標高は3,200m位です。

Bolivia_Kaynakas01.jpg
  撮影:ネコ師

 話を戻して、阿弥陀寺への道。急ぐ旅でもないのでゆっくり登りました。蕎麦を食べたところから阿弥陀寺までは25分弱で到着。うちの子供達なら15分で登れそう。高低差は150m程度です。

阿弥陀寺参道


 阿弥陀寺より20m程度低い位置に駐車場があり、そこまでは車で行けます。タクシーでも駐車場までは行けるようです。体力に自信のない方は車を使うという方法もあります。

 やっと阿弥陀寺に到着。管理人が目指すのは「和宮の写真が入った軍扇」。結論を先に書くと、「和宮の写真とされる軍扇に入った写真」は公開されていないのです。本物を見たかったのですが残念です。まあ、和宮の写真ではないので、本当はどうでも良いのですが。話題の写真のサイズや解像度を自分の目で確認したかっただけです。

 阿弥陀寺は別名あじさい寺と呼ばれており、あじさいのきれいなお寺のようです。時はまさにあじさいの季節。少し早いようですが。

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 下の写真は4枚の写真を合成して広角にしています。今回持って行ったカメラはかなり広角も撮れるのですが、そのカメラでも収まらなかったので4枚合成しています。

amidaji_02_S.jpg


 お寺の入り口にはピカピカの葵のご紋の入った賽銭箱が鎮座していました。お寺では、賽銭箱にかなり力を入れているようです。

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 さらに、賽銭箱の上には巨大な車輪のような丸い板が・・。マニ車と大数珠廻しを合わせたような構造で、御利益も2倍かも・・・。初めて見ました。『文化財指定 百万遍転法輪「轉輪」(ひゃくまんべん てんぽうりん 「てんりん」) はずれやすいので ユックリと回して下さい  和上』の張り紙が賽銭箱にガムテープで無造作に貼り付けてあります。

amidaji_06.jpg


amidaji_04.jpg


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 阿弥陀寺には数名の参拝客がいました。
 お寺の中に入ると、女性の「住職」(の奥さん?)が先客に説明している最中でした。和宮の記事を書くためにいろいろ調べた管理人には、その話の内容には特に新しい発見はありません。

 「軍扇」はどこにあるのだろう?
 決して広くはないお寺の中をきょろきょろと見回します。すると、一番奥手で発見!

kazu_port03.jpg


 近づいてみると、本物の軍扇ではなく、額に入った写真でした。つまり、「和宮を写したとされる写真が入った軍扇を写真に撮り額に入れたもの」が飾ってあるだけでした。これにはかなりがっかり。写真は小さく、画質も悪い。

kazu_port02.jpg


 20分ばかり阿弥陀寺で過ごしました。帰り道に「箱根湯寮」という温泉があったので汗を流すことに。この温泉は、日帰り客の入湯料が1400円と少し高いのですが、清潔な温泉で気持ちが良い。

Hakoneyuryo1.jpg


 温泉に浸かった後は、「箱根湯寮」の送迎バスで箱根湯本駅まで。ほんの3分程度で着きました。

 帰りも小田急電鉄のロマンスカーを使ったのですが、今回の座席は先頭車でした。
 ロマンスカーの先頭車は展望車になっていて、運転士はいません。そんなはずはない(笑)。

 実は、天井部分にハシゴがあり、その上に運転席があります。運転士の方がちょうど乗り込むところでした。運転席は立ち上がることができないほど天井が低いそうです。このハシゴは電動で天井に収納されます。このため、走行中は、まるで無人で走っている電車のような錯覚に陥ります。

小田急電鉄ロマンスカーの運転席
 

 今回の旅で感じたのは、外国人観光客がたくさんいるということ。なぜ、塔ノ沢まで外国人が押し寄せるのか分かりませんが、とにかくたくさんいました。台湾の方も多かったように思います。

 和宮の足跡を辿って来ている外国人はいないと思います。なぜ塔ノ沢まで来る外国人観光客がいるのか。今回の旅で新たな謎を見つけました。 

ルートマップ

 今回の旅のルートマップを作ってみました。和宮の足跡を辿る管理人の足跡です(笑)。
 塔ノ沢にお出かけの際に役立つかも知れません。画像とPDFファイルをアップします。画像をクリックすると拡大表示できます。

Tohnosawa_Rute_Map.png
     Source:Google Mapで作成した塔ノ沢・和宮を偲ぶ観光ルートマップ

 旅行にあたっては、様々な割引券を利用するとお得なようです。「小田原から早雲山まで、乗り降り自由 一日乗車券 トコトコきっぷ」というものもあります。管理人は時間がなく使わなかったのですが、時間に余裕のある方は探してみてはいかがでしょうか。


posted by ネコ師 at 09:19 | Comment(0) | 皇女和宮の謎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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