2016年08月02日

大ピラミッド建造方法の謎を解明する


 ギザ台地にそそり立つ大ピラミッド。4500年前にフ王により建造されたとされ、その4つの面は正確に東西南北を向いています。

Pyramid_direction.jpg
      Source: Google Earth

 なぜこれほどまでに正確なのか。古代エジプト人は、現代人の知らない高度に発達した科学技術を持っていた。

5 K piramid0017.jpg

     撮影:ネコ師

 よく聞くフレーズです。でも、人の話は疑ってかかりましょう(笑)。

 「未知の技術」って、あなたが知らないだけじゃないの? 高度に発達した技術って、自分の知らないことについて、そう思い込んでいるだけじゃないの?

 このようなテーマに対して、テレビで有名大学を出ている連中がおバカなことばかり言って大衆をミスリードしているように感じます。
 
 今回は、クフ王のピラミッドの造り方についてのなぞの解明です。簡単な道具だけで、正確無比に東西南北を向いたピラミッドのベースを設定する方法をご紹介します。小学生レベルの算数でできる方法です。

 (建造の謎については、過去記事『世界遺産 大ピラミッド建造の謎の解明に挑む』および『クフ王のピラミッド:各層の石材の大きさに驚くべき秘密が?!』で、別の視点から紹介しています。) 

大ピラミッド底面ベースの造り方

1.基礎岩盤を均し、水平にします。
  水平にするには、ピラミッドのベースとなる岩盤部分をメッシュ状に細長い溝を掘り、そこに水を流し入れ、水が乗らない高い部分を削り取るという作業を繰り返します。

2.水平な基礎ができたら、次は基準線を設置します。
 下のような簡単な構造の見通し器(アリダード、示方規)を使います。

Pyramid_Square_Base007.PNG


Alidade.gif
Source: Wikipedia


 手前の小さな穴から覗き、奥に張られた赤い糸と北極星が重なるように器具を動かします。つまり、小さな穴から赤い糸越しに北極星を見通す。これで、真北を指し示す基準ラインができます。

3.作業員が基盤面の中央付近に立ち、2.の見通し線上に乗る位置まで移動します。
 ピッタリの位置に来たらそこを「O点」とします。これが円の中心、かつ、ピラミッドの中心になります。

Pyramid_Square_Base001.PNG


4.長さRのヒモを用意し、O点を中心とする円を描きます。

Pyramid_Square_Base002.PNG


5.描いた円周上で、見通し線と交わる箇所をN点、およびS点とします。
 また、O点を通り、基準線に直角な線を描き、円との交点をE点、W点とします。

Pyramid_Square_Base003.PNG


 どうやって、直角を正確に設定するか。これには、「3:4:5の三角形」の原理を使います。長いヒモを用意し、ある基準長さ(なんでも良い)を1とし、その長さの3倍、4倍、5倍の位置に印を付けます。そして、ヒモを引っ張り、印の位置を頂点とする三角形を作ると、直角三角形ができます。

 次に、誤差をキャンセルします。
 同じヒモを使い、最初に付けた印の順番とは逆の順番でヒモに印を付けます。つまり、5倍、4倍、3倍という順番で印を付けます。そして、上と同様に三角形を作り、東西方向を示す前回のラインとの誤差を確認します。前回ラインと今回のラインの平均が最も誤差を小さくできるラインになります。

 上の記述では2回しか測らないように思われますが、実際にはそれぞれ、10回、あるいはそれ以上数多く測定することで誤差を小さくすることができます。

 ヒモを使うため、ヒモの伸びが生ずることから必ずここで誤差が発生します。誤差をキャンセルするには、上で書いた方法が一般的でしょう。
 
6.次に、円周上のE点、W点を通る基準線と平行な線を引きます。
 基準線を引く時と同じやり方です。星は無限遠の距離にあるので、星を見通せば平行線を簡単に引けます。

Pyramid_Square_Base004.PNG


7.同様に、N点、S点を通る東西方向の平行線を引きます。

Pyramid_Square_Base005.PNG


8.引いた平行線をつなげば作業終了です。
  後は、検証作業。正確な正方形になっているか確認し、誤差がある場合は、誤差をキャンセルする作業を繰り返します。正方形の1辺は2Rになっている筈です。

Pyramid_Square_Base006.PNG


 見通し器(アリダード)の大きさは、長さが1m程度必要でしょう。長いほど誤差が小さくなります。しかし、長すぎると糸が見えない。なにしろ、星が出ているのは夜なので。

 これで、驚くほど正確に東西南北を向いたピラミッドのベースができます。
 高度な科学知識などどこにも使っていません。

 そして、当然ですが、半径Rの円に外接する正四角形なので、そこにはπ(パイ)の要素が入ることになります。πを知っていなくともこのような方法で作図するとπの要素は自ずと入り込むことになります。

 計算してみたら、限りなく円周率(π)の値に近づいた。古代エジプト人はπの概念を知っていた!
 これもよく見かける記述ですが、嘘っぱちなことが分かると思います。図解法で解いた値を見て、数値解法で解いた値とこれを比較し驚異的精度!と言っているようなものです。

 この手の記述をする人は、権威付けするために有名な数学者、建築家が計算した結果・・・、のような書き方をしますが、それは何世紀前のことなのでしょうか。出典の学者はその後、自説を修正していないのでしょうか。

ピラミッドのサイズに見られるπ(パイ)の謎

 ピラミッドの4つの底辺の和を高さの2倍で割ると円周率「π」の値に近い数字になります。
 これはイギリスの数学者ジョン・テイラー(John Taylor)が発表したもので、古代エジプトで円周率の考え方が知られていたと考える根拠になっています。

 さらに、テイラーは、ピラミッドの底辺と高さは、地球の円周と半径の関係に相当すると考え、「大ピラミッドは地球の寸法を記録するために建てられた」という説を最初に唱えた人でした。

 確かに、円周率に非常に近い値になり、とても偶然で起きるようなことではありません。

 大ピラミッドの底辺: 230.37m
         高さ: 146.59m

Pai_Pyramid01.png


 やはり、古代エジプト人は円周率を知っていて、高度な計算により大ピラミッドを造った・・・ように見えます。

 しかし、上の式をよく見ると、別の見方もできるのではないでしょうか。
 「4つの底辺の和を高さの2倍で割ると円周率になる」

 上で示した事例を基に考えて見ましょう。以下の記述内容は、たぶん誰も見たことがないと思います。管理人ならこう考える、というバージョンなので。

 底辺の一辺は2Rです。4辺の和なので8Rになります。
 高さをHとすると、8R/2H=π という関係のようです。この式を変形すると、ピラミッドの高さは、次のように表されます。

 H=R/π

 ところで、半径Rの円周の長さLは2πRです。(L=2πR)
 これを上の式に代入するとピラミッドの高さは、H=L/2 というシンプルな式で表すことができます。

 つまり、ピラミッドの高さは、半径Rの円周の長さの半分ということになります。ヒモを円周上に置き、そのヒモを半分にしたものがピラミッドの高さと言うことです。この方法を採れば円周率の計算は不要です。円周率を知らなくとも大ピラミッドを造ることができます。

 管理人は、大ピラミッドの設計、施工はすべて図解法で考えるべきだと思っています。その理由は精度があまりにも高いためです。これを円周率や三角関数を用いた数値解法で解くと、必ず大きな誤差が発生します。それは有効数字の取り扱いが難しいためです。図解法ならその誤差はゼロになります。

 誤差が小さい、ということは、円周率は使っていないという証明になるのではないでしょうか。もし、円周率にこだわるとするのなら、円周率の有効桁数は小数点第何位なのか明示する必要があります。

 現代の数学者ならば、テイラーの仮説を一笑に付すでしょう。現代の数学者で大道芸人でもあるピーター・フランクルが、数学的に偶然の一致であるにもかかわらず、あたかも意味があるかのごとく説明する偽理論をテレビでやんわりと批判していました。

 ジョン・テイラーが著書『大ピラミッド――それはなぜ建てられたか? だれが建てたか?』を発表したのは1859年のこと。今から157年も前のことです。その情報だけが一人歩きをして、現代でもそれが正しいものであるかのごとく引用している人がいます。他人の文献をコピーペするだけでなく、少しは自分で計算したらと言いたいですね。

 1859年といえば、日本では、京都で和宮降嫁についての折衝が行われていた時期です。こんな昔の、現代から見ればお笑いとしか思えないような仮説を現在でも通用する仮説であるかのようにもっともらしく紹介しているサイトを見ると・・・・・ページを閉じます。

施工管理はどうやったのか

 大ピラミッドは正四角錐の形をしており真正ピラミッドと呼ばれています。底盤は正確な正方形になっています。

 このように規則的な形状をしているため、造るのは簡単そうに思えますが、それはサイズが小さい場合のこと。大ピラミッドのように巨大なサイズの場合、どうやって正確に石材を積み上げたらよいのか途方に暮れてしまいます。

 なぜ難しいのか。それは、ピラミッド表面の傾斜角が場所によって異なるためです。
 下の図を見れば分かると思います。

rula02.png


 一般に、ピラミッドの傾斜角とは、図の角Tmn(θ2)のことを指すようです。ところで、線分TBが底面となす角θ1は、θ2とは違った角度になっています。θ1が最もきつく、θ2が最も緩い角度で、それ以外の場所ではこの2つの角度の間の角度になります。

 さて、このような場合、どうやって次の段を積めばよいのでしょうか。

 大ピラミッドは頂上のキャップストーンを含めて210段でできています。
 下のGIFアニメをご覧下さい。全体で9段で作りました。これが大ピラミッドとするならばGIFアニメの1段が大ピラミッドの23段分に相当します。

Pyramid_const02.gif


 大ピラミッドは水平に積んでいったと考えられます。その理由は簡単。外側の傾斜角をそろえるのがとても難しいから。上のGIFアニメでもきれいな傾斜角度になっていません。

 サイコロのような同じ大きさの石材なら積むのは楽ですが、上で書いたように、大ピラミッドの各段の高さはかなりばらつきがあります。実はこれがくせ者。ピラミッドの傾斜角を正確に保ちながら石材を積んでいくために、石材の高さに応じて下の段よりも内側に引っ込める長さを変える必要があります。

 しかも、各段の石材の高さは、同じ段であっても場所によって異なります。
 ピラミッドの『面』をそろえるために、見通しを利用したと考えられます。このため、ピラミッドの各面の延長線上に見通しができる櫓(やぐら)を組んだと思います。

 問題は、傾斜角の確認方法です。『面』を一直線上にそろえるのは見通しでできますが、そこに並ぶ石材の高さはまちまちです。これでは正しい傾斜角度で積めません。つまり、『面』を一直線上にそろえてはダメなのです。 

 ずっとこの問題を考えていたのですが、ふと、次のことに思い至りました。

大ピラミッドはなぜ八角形なのか

 なぜ、大ピラミッドは上から見ると八角形なのか。
 「えっ、何を言っているの? 上から見たら四角形じゃん!」 

 大ピラミッドを上から見ると、四角形ではなく、実は、八角形の形をしています。大ピラミッドの様々な寸法を数秘学の点から述べている論文はこのことを完全に無視していますが。

 確かに、大ピラミッドはとても正確に造られた構造物です。それなのに正四角錐ではない。各辺の中央部分がピラミッドの内側に入り込んだような形をしています。

Great-Pyramid-Octagon02.jpg


Pyramid_Octagon.png


 これは航空写真で見てもほとんど気がつかないほど微妙な形状の変化です。現地で大ピラミッドの前に立っても、そのような変化点があるなど全く気がつきません。

 なぜ、このような形をしているのか。「特定の日に太陽の影がピラミッドの面を照らした時に影ができる。」 そのようなことを言い出す人がいます。チチェン・イッツアのピラミッド「エル・カスティージョ」と混同しているようです。「エル・カスティージョ」はピラミッドの向きがそのように設計されていますが、大ピラミッドは正確に東西南北の方向に向いています。

 この八角形の謎は施工面から説明できないのでしょうか。
 管理人は、施工誤差からこのようになったのではないかと考えました。

 下の図をご覧下さい。少し歪な図になってしまいましたが、線分POは鉛直で、底面と直角に交わると考えて下さい。

Pyramid_Octagon3.png

 ピラミッドの斜面の長さは場所により異なります。また、底面の正方形も誤差があります。これを加味して斜面長を算出します。
 
位置長さ(m)
Pa, Pc186.3714
Pb, Pd186.3648
PB, PD219.0571
PA, PC219.1208


 斜面長は、最大で219.1208m、最小で168.3648mです。これ以外の場所の斜面長は、この値の間になります。これを上回ることも下回ることもありません。

 管理人が考えたのは、施工段階で測量する場合の固定点についてです。
 上で述べたように、中心点Oを基準に全ての寸法が測定されます。従って、中心点Oは施工中であってもその位置は確保されていたと考えます。つまり、O点に芯柱を立て、盛り立てが進んでも芯柱を上に伸ばし、O点の位置をキープしていた。

 日中の作業が終了し、夜になると測量が始まる。底盤の測量と同じ要領でO点と各段の四隅の位置、東西南北の縁の位置を正確に決める。これにより、これらの位置はとても正確に保たれる。しかし、中間地点は若干の誤差が発生する。

石材をどうやって上まで運びあげたのか

 もう一つ、八角形になっている理由として考えられるのは、石材を積み上げる過程で、荷重がかかり、内側に引っ込んでしまったということ。

 各段を積み上げた時は正規な位置であったが、その後、横方向の荷重が加わり、内側に引っ込んでしまった。

 そう考えることもできます。では、その時の「横方向の荷重」とは一体何だったのか。
 それは、以下の図を見れば分かるのではないでしょうか。

Pyramid_Octagon5.png


 ある程度の高さまで盛り立てた後は、ピラミッドの東西南北の面を使って、『釣合重り』のように石材を持ち上げる。

 ピラミッドの表面は鏡のように磨かれた化粧板石で覆われています。この化粧石盤はピラミッドの完成後、最後に貼り付けた訳ではありません。そのような施工はできません。それをやる方法がないのです。

 ピラミッドの各段は化粧石を貼り付けた完成形にまで仕上げたことは間違いないでしょう。

 この『釣合重り』の一方には運び上げる石材、もう一方には運び上げる石材より少し軽い石(重石)と作業員が乗ります。数人の作業員が重石として乗ることで釣り合いが崩れ、石材が上まで運び揚げられます。

 この釣合重りの装置は、南北方向と東西方向の2箇所にあったのでしょう。
 ピラミッドの斜面表面には化粧石盤が貼られ、表面はとてもなめらかで摩擦抵抗はとても低い。この方法で問題となるのはロープと滑車の強度くらいで、とても現実的な方法だと思います。

 ところで、この方法で石材を持ち上げていくと、斜面に水平方向の偏圧がかかります。
 毎日、膨大な量の石材を斜面を滑らせてリフティングするうちに、偏圧の影響で斜面が徐々にピラミッドの内側にめり込んでいく。ただし、その量はわずかなもの。石材は基本的に伸縮しないので、めり込んだのは石材同士の隙間が詰まったからでしょう。

 このような仮説を提示しておきながら、自らこの仮説の問題点を指摘しておきます。釣合重りの装置を使うには、上図のように基盤面を深く掘り込んだピットが必要となります。

 大ピラミッドの南面の直ぐ近くから太陽の船が発見され、現在、博物館になっています。その位置はまさにピットの位置にあたります。ピットの穴を拡大して太陽の船を収納したようにも思えます。

 ところが、他の面ではこのような痕跡は見つかっていません。
 大ピラミッドを訪れた観光客は、通常、北側の駐車場に車を止め、北側にある入口からピラミッドの中に入ります。しかし、北側にはピットの痕跡はなく、岩盤がむき出しのように見えます。

 ピラミッドの南側から最初の太陽の船が見つかったのは1954年のこと。1987年頃に、二つ目の太陽の船が最初に見つかった船の少し西側から発見されています。このように、ピラミッドの足下はまだまだ調査されていないことが分かります。もし、ピットの跡が確認されれば、この仮説が有力になると思うのですが。

おわりに

 
 大ピラミッドは驚くべき構造物であることは間違いありません。しかし、現代から見れば当たり前で驚くような事柄ではないような内容を「驚くべきこと」として紹介している記事がネット上に散見されるので、この記事を書いてみました。

 大ピラミッドに対する評価の視点が誤っていると感じています。本当に驚くべきことは別にあります。



posted by ネコ師 at 00:28| Comment(0) | 古代の謎・歴史ヒストリー | 更新情報をチェックする
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