2016年11月11日

『聖ヨゼフの螺旋階段の謎』に終止符


 『ロレットチャペルの螺旋階段』のことをご存じでしょうか。『聖ヨゼフの螺旋階段』とも呼ばれるようです。この階段は、現代の技術では再現不可能な奇妙な螺旋階段として有名です。

 果たしてそれは本当でしょうか。
 今日は、この謎に迫りたいと思います。

ロレット礼拝堂(ロレット・チャペル)とは

 今回の謎は、アメリカのニューメキシコ州サンタフェ市内にあるロレット礼拝堂(チャペル)(Loretto Chapel)に設置されている130年以上前に造られた螺旋階段です。ゴシック様式の礼拝堂が完成したのは1878年のこと。この年、岩倉使節団がアメリカを訪れています。

Loretto_Chapel_06.jpg
Loretto Chapel


Botched_Spiral_Staircase3.jpg
奇跡の螺旋階段、Photo: Butler Cain


 アメリカ観光に行ったことのある人でもニューメキシコ州までは行くことはあまりないように思います。サンタフェ(Santa Fe)は同州の州都ですが、人口は6万人程度。宮沢りえのヌード写真集『Santa Fe』が撮影された場所でもあります。

 この小さな市に毎年25万人も押し寄せる観光客のお目当ての1つがロレット礼拝堂の螺旋階段を見ることです。



 ロレット礼拝堂は初期のカトリック教会の一部でしたが、現在は売却され博物館及び結婚式の際に使われています。この礼拝堂は『支柱のない奇妙な螺旋階段』で知られています。階段は360度を完全に2回転して昇るこの不思議な螺旋階段の構造は、とても不安定に見えるのですが、人が20人乗っても落ちない。

 階段の建築に接着剤や鉄釘は一切使われていないとされています。ただし、木製のペグ(木釘)は使われているそうです。

 さらに不思議なことに、この精巧な螺旋階段を誰が造ったのかはわかっていません。

ロレット礼拝堂の螺旋階段の謎とは

 1872年、サンタフェの大司教区のジャン・バプチスト・ラミー(Jean Baptiste Lamy)が修道院礼拝堂を建設することとし、ロレット修道女会がその担当者になりました。

 ロレット修道女会がサンタフェにやってきたのは1852年のこと。翌1853年に「私たちの聖母のためのアカデミーAcademy of Our Lady of Light (Loretto)」を開設しました。当初の生徒数は約300人程度の小さな学校からの始まりでしたが、次第に成長していきました。学校の敷地には10の建物が建てられました。そして、礼拝堂が必要となります。

 礼拝堂の建設は1873年に始まり、1878年に完成しました。ところが、礼拝堂の建設が終わりに近づいたとき、二階の聖歌隊席に行くための階段がないことに気づきます。1877年のことです。礼拝堂の設計者アントワン・ムリー(Antoine Mouly)が急死したことが原因とされています。彼は、同時期に建設されていた『聖フランシスコ大聖堂』(建設期間:1869-1886)を造るために大司教ラミーにより招聘されたフランス人の建築家でした。この大聖堂は、ロレット礼拝堂の直ぐ近くに位置しています。

Loretto Chapel location Map
Source: Google Map


 礼拝堂は既に完成間近で、設計を変更して階段を付けるにも小さな礼拝堂にはそのためのスペースを確保できないことが分かりました。小説家でも書かないような設定ですが、真実は小説よりも奇なり・・です。

 ハシゴを使って二階まで昇るという案も出されますが、修道女たちによりそのアイディアは却下されます。ワンピースのような修道服を着る修道女たちにとって、ハシゴを使って聖歌隊席まで昇るという案は受け入れられなかったのです。まあ、修道女会の礼拝堂なので、ミサへの出席者は女性だけだと思いますが、・・・。だから、この案は却下されたのかも。

 修道女たちの服装は下の写真のようなものでした。この写真はサンタフェではないのですが、同じ修道女会です。カラー写真にしてみました。

Sisters_of_Loretto_Callege.jpg
Sisters of Loretto Callege

 困り果てたロレット修道女会の修道女たちは、9日間、(大工だった)聖ヨゼフに解決策を祈願しました。苦しいときの神頼みです。そして、お祈りの最終日、ロバを連れた一人の老人が現れ、自分ならば造れると言いました。

 そこで女子修道院長は、この老人に梯子の建設を依頼しました。
 この老人が持っていたのは、カナヅチとノコギリ、T定規などのわずかな大工道具だけ。修道女が作業場を覗くと、そこには木材を浸した桶とバスタブのようなものがありました。

 都市伝説では、この大工は作業を引き受ける条件として作業場を覗かないことを申し出ます。謎を少しでも多くしようとする都市伝説ねつ造者のいつもの手口です。

 3ヶ月後に螺旋階段が完成すると、老人は修道女会が申し出た謝礼も受け取らず、いずこともなく旅立ったのでした。このため、この螺旋階段を誰が造ったのかは、今も分かっていません。

 この「3ヶ月」というのは怪しい情報で、6~8ヶ月という情報もあります。つまり、階段建設期間についての記録が残っていない。木材を螺旋状に曲げていく作業が必要なので、実際にはもっと時間がかかったはずです。別の資料には、この螺旋階段の建設期間を1877年から1881年までのいつかとしているものもあります。

 完成当時の螺旋階段には手すりがなく、階段を上るたびに揺れて怖いということで、建設されてから10年後の1887年に手すりが付けられました。

 完成以来、近年までこの螺旋階段は使われ続けたにもかかわらず、びくともしません。

 聖歌隊の少女達が20人くらいこの螺旋階段に乗っている画像が残されています。見かけによらずとても堅固な造りのようです。

Botched_Spiral_Staircase4G.jpg


 また、YouTubeにアップされているテレビ番組の動画で、レポーターが階段の上から降りていくシーンがあるのですが、全く揺れません。この点は着目する価値があります。



『聖ヨゼフの螺旋階段の謎』とは?

 巷では、この螺旋階段は支柱がないのになぜ落ちないのか、どうやって造ったのか、ということが謎とされているようです。

 たしかに、支柱のない螺旋階段は見たことがありません。しかも、360度を二回まわる階段で、外見上とても不安定に見えます。

 それを良いことに、「建築の専門家が現在の技術でも建造は不可能」と言っている、というデマを流している人たちがいます。この手の謎に必ず登場する『専門家の話では』というワンパターンです。

 これが嘘っぱちなのは下の写真を見れば分かります。『聖ヨゼフの螺旋階段』と構造的には同じ造りです。『専門家』の話というのが本当だったとしたら、その専門家のレベルがとても低いということでしょう。現在では、螺旋階段を設計するソフトをネット上で購入できます。

 つまり、この程度の階段は、専門家は簡単に造ることができると言うことです。

black-starcase.jpg


螺旋階段6.jpg


 
Botched_Spiral_Staircase_01.jpg


Botched_Spiral_Staircase_04.jpg


どうやって造ったのか

 上で、『簡単に造れる』と書きましたが、それは、現在の部材を使ってのこと。管理人が見てもこの螺旋階段は不思議な構造です。

 何が不思議かというと、階段自体の自重とそれに乗る人の体重をどこで支持しているのかが分からないこと。

 最初にこの螺旋階段の写真を見たとき、さらに、「揺れて怖いので、後になって手すりを付けた」という記述を目にしたとき、螺旋階段を支える最上部の構造はヒンジになっているのではないかと思いました。

 この構造体がスプリング構造と推測した「専門家?」もこの記述に依っているのでしょう。

 管理人もそうかもと思った理由の1つは、下の写真です。この写真は、「手すりを設置する前の写真」とされているのですが、実際には、合成写真でしょう。19世紀末、カラー写真があるはずもないので。

 管理人が特に気になったのは、写真に写っている螺旋階段の最上部の構造です。素人がイメージ写真を作るだけならこの部分にはこだわらない筈。これは何だろう?

Botched_Spiral_Staircase2.jpg
Photo: "The One Truth"


 この写真は、手すりを付ける前のオリジナルのイメージ写真として作成されたもののようです。しかし、上部の構造がとても気になりました。上部の接合部が「ヒンジ構造」ではないかと思ったのは、この写真と、「揺れて怖い」という記述からでした。

 ところが、YouTubeの動画を見ると全く揺れません。これは、螺旋階段と二階部分の床とが完全に結合されていることを示しています。すると、この螺旋階段の構造が何となく分かります。

どうやって造ったのか

 螺旋階段の底面を見ると、綺麗にカーブしています。また、階段の側面を見ても綺麗にカーブしているのが分かります。

 これはどうやって造ったのでしょうか。

 管理人が考えるには、薄い板を曲げて、それと同じ物を複数枚作り、それらを接着剤(ニカワなど)でくっつけたのではないかと考えました。合板は1860代にフランスで開発されたようです。

 どうやって造ったのか。頭で考えていても立体構造はイメージするのが難しいので、模型を造ってみます。

 この螺旋階段の高さは、22フィート(6.76m)。ステップは33段です。最後の1段は二階への上がり部分なので、螺旋階段本体のステップの数は32段になります。1段の高さ(けあげ)は21cmです。

 段ボール箱で試して見ます。
 まず、CDを使って型を取ります。

螺旋階段3.jpg


 ところが、これだと曲がらない。そこで、幅を小さくカットします。

螺旋階段4.jpg


 これを二階部分の床に固定します。そして、一階部分の床にも固定。

螺旋階段5.jpg


 このモデルでは、手近にあった箱を使ったので、高さが足りないのですが、雰囲気は分かると思います(汗)。

螺旋階段 模型1


螺旋階段 模型2


 このモデルでは、螺旋階段そのものではなく、背骨に相当する部分、船で言えば『竜骨(キール)』を表現しています。これを最上部で聖歌隊席の床と完全に結合しなければ、この構造では荷重を支えることは不可能です。

 この背骨部分に踏み板を載せ、その両側を板ではさむ構造なのではないでしょうか。この両側の板はかなりの厚さがあるようです。後付けで手すりを付けることができるほどに。

 背骨にあたる部分の構造は下のようになっているのではないでしょうか。360度を2周する螺旋構造では、側板だけでは荷重を支持できないように思います。

Loretto-Chapel-Staircase006.jpg


 木を曲げて螺旋状に階段を作る工程は下の動画が参考になりそうです。特殊な器具は使いません。木材を固定する工具としてクランプを使っていますが、これは18世紀後半には既に建築分野で使われていた工具です。

Source: YouTube "Custom Spiral Staircases by Zane Smith"

誰が造ったのか

 この螺旋階段を誰が造ったかを16年以上にわたり調べている方もいるようです。
 それによると、螺旋階段の製作者は、フランス人建築家Francois Jean Russia (Frank Rocha)のようです。

 彼は、1843年9月22日生まれで、1894年12月26日にサンタフェで満51歳で亡くなっています。彼の友人によれば暗殺されたらしい。このこと、さらに、Russiaがロレット礼拝堂階段の製作者であることは、翌1895年1月にサンタフェで発行された新聞の訃報記事で確認できます。

Newspaper_Construction_Chapel.png


 Russia がサンタフェにやってきたのは1881年9月のこと。螺旋階段の製作が1877年頃なので年代があいません。階段製作年について、1881年という説を採用すればピッタリ一致します。彼はサンタフェに着いたばかりなので、彼のことは誰も知らなかった。彼がサンタフェに着いたのは、37歳の時ということになります。老人ではないことが引っかかりますが。

 彼は、螺旋階段をフランスで加工し、それを分解してサンタフェまで運び、ロレット礼拝堂に設置した、と考えている方もいるようです。実際にこれをやるためには、聖歌隊席までの高さを正確に知る必要があります。分解して持ってきた螺旋階段をたまたまこの礼拝堂に取り付けたわけではないことは、正確に360度を2周する構造になっていることからも分かります。(本記述出典については、上のYouTube動画を参照)

追記

 本文中の翻訳を間違えていたようです。修正しました。
 "The sisters"を『姉妹』と訳していたのですが、Wikipediaの"Sisters of Loretto"を見ると、修道女会が正しい訳のようです。1852年、サンタフェの大司教ラミーの要請により、ケンタッキー州のロレット修道女会から7名のシスターがサンタフェに派遣されました。この旅は大変だったようで、コレラによる死者まで出て、一部のシスターはケンタッキー州に戻ったようです。

 この螺旋階段のあるロレット・アカデミーは、1968年に閉鎖され、1971年に民間に売却。現在は、冒頭に書いたように博物館及び結婚式の際に使われており、入場料を取られます。保存のため階段を昇ることはできません。もし、昇れるのなら行ってみる価値がありそうですが。

 以上で、謎解き終了です。
 管理人は、謎は大好きなのですが、根拠のない都市伝説は嫌いです。 

【出典】
 http://www.lorettochapel.com/history.html
 https://www.quora.com/How-do-I-design-a-steel-spiral-staircase
 https://en.wikipedia.org/wiki/Sisters_of_Loretto
 http://devotiontoourlady.com/miraculous-staircase-of-st-joseph.html


posted by ネコ師 at 04:00| Comment(2) | 古代の謎・歴史ヒストリー | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして!楽しく拝見させてもらってます。

記事中にある下記ですが、
>この螺旋階段を誰が造ったかを16年以上にわたり調べている方もいるようです。
>それによると、螺旋階段の製作者は、フランス人建築家Francois Jean Russia (Frank Rocha)のようです。

この元ソースはどこにありますでしょうか?
Posted by mick at 2017年01月12日 03:06

>mickさんへ

 コメントありがとうございます。この部分は、確か、YouTubeの動画の中のナレーションを使ったと思います。たぶん米国TVドキュメンタリー番組のようです。上でアップした動画を参考にしています。もう1本、別の動画もありました。


Posted by ネコ師 at 2017年01月12日 13:20
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