2016年06月03日

屋久島旅行を計画している人に役立つ情報らしい


 昨年夏、息子が屋久島に行ってきました。台風が接近しており、そもそも旅行自体が無理そうだったのですが、運良く当日は台風が通過し、無事に観光できたようです。

 台風が接近しているけれど本当に旅行に出かけてよいのかといろいろ迷ったようです。管理人は、「台風で飛行機が飛ばないからキャンセルしたら」と言った記憶があります。屋久島は島なので、そこにたどり着くには天候の影響を大きく受けます。

 息子から、「この時の旅行スケジュールの立て方がこれから屋久島旅行を計画している人に役立つと思うので、ブログで紹介したら?」と言われ、遅ればせながら今日の記事で掲載することにしました。以前にもこんなことがあったような・・・。以下、息子のメモからの引用です。

屋久島の恐竜
          屋久島の恐竜

今回の旅行のスケージュール <概要>


日 数旅     程
1日目・成田空港から鹿児島へ
2日目・鹿児島から高速船で種子島に立寄、観光
・屋久島への最終便(高速船)で屋久島へ、そこで一泊 
3日目・屋久杉、白谷雲水峡観光
4日目・屋久島から鹿児島へ高速船で鹿児島へ
・鹿児島から成田へ

詳細日程と旅程

 旅行は三泊四日。出発地が東京。目的地が屋久島。屋久島観光がメインの日程です。成田−鹿児島間の利用航空会社は「ジェットスター航空」。時期は8月のお盆のあたりの超繁忙期。
1日目:
>15時:成田空港からジェットスター航空を利用し鹿児島へ出発(お盆休みの一ヶ月前に東京⇔鹿児島間を往復運賃4万円程度で羽田発のスカイマークを予約しようとしたが満席、そのため成田発のジェットスターを予約)
※ジェットスターは運賃に加え、別にオプション(13000円程)を追加しなければいかなる理由があっても予約のキャンセルはできない。
 欠航の際は運賃分の金券(別日程でジェットスターを使用するときに使用可能)が現金の代わりに渡されるようである。
>17時:鹿児島空港着
>17時15分頃:鹿児島空港からバスを利用し、鹿児島中央駅へ向かった
>18時頃:鹿児島中央駅着
・宿にチェックイン
宿の名前:「リトルアジア」
宿賃:一泊1500円、食事なし
アクセス:鹿児島中央駅から徒歩3分ほど
内装:男女別室のドミトリー形式で、男性は16人ほどが同じ部屋に寝る。寝床は二段ベッド
   ロッカーあり
   シャワーあり
   近くに銭湯がある、入浴350円ほど
路面電車があり、市内を移動可能、運賃は一律170円、子供料金は別
2日目:
路面電車で高速船乗り場近くへ移動
>朝7時半:高速船で種子島へ
高速船名:トッピー・ロケット
通常のフェリーに比べ半分以下の時間で目的地に着く
※お盆休みの直前に予約を試みたため、鹿児島→種子島への直通便が満席であった
 そこで、時間はかかるが屋久島経由の便で種子島へ向かった
10時過ぎ:種子島の西之表港へ到着
12時半:種子島種子島観光協会が運営する観光バス周遊バスツアーに参加(http://tanekan.jp/
フェリーが到着した西之表港から島の最南端の門倉岬までをバスで往復した
16時半:バスツアー終了
17時半;種子島から屋久島へ
18時半:屋久島の安房へ到着
案房は屋久杉への登山口である荒川登山口へ向かうための専用バス乗り場までの最寄りの町であるため、宿泊先をここに決定
18時45分頃:観光センターで屋久杉自然館バス停留所から荒川登山口までの往復バスチケットを購入、また観光センターのスタッフが翌日のお弁当も予約してくれた
※「できたて屋」という弁当屋は弁当を4時から受け取り可能
※5時発の一便から人がいる限りバスは出るためチケットに締め切りはないため、チケットは登山前日までに島で購入すればよい
※荒川登山口までの専用バスのチケットは屋久島でのみ購入可能
※専用バス以外はタクシーで登山口まで行ける、その他の車両は通行規制がかかっているためレンタカーなどでの移動は不可能
※登山装備がない人は観光センターで装備のレンタルを手配してくれるようだ
19時:宿にチェックイン
宿の名前:「ゆかいな仲間たち」
宿賃:一泊2800円、食事なし
アクセス:案房港から徒歩15分ほど
内装:男女別室のドミトリー形式で、男性は16人程が同じ部屋に寝る。寝床は二段ベッド
   シャワーあり

種子島 rocket

三日目:
4時45分発の屋久杉自然館バス停留所行きの公共バスに乗った、6分程で屋久杉自然館バス停留所へ到着
※公共バスは宿の目の前にバス停がある
5時半頃:第4便のバスで屋久杉自然館バス停留所を出発
6時頃:荒川登山口へ到着、登山開始
※水は登山道に豊富にあるため少量で問題ない
8時50分頃:屋久杉到着
※荒川登山口から屋久杉までは4〜5時間ほどかかるのが一般的であるが今回は白谷雲水峡にも立ち寄るためにペースを早めたことで3時間弱で到着した
9時10分:朝食後、白谷雲水峡へ出発
13時頃:白谷雲水峡到着
14時頃:白谷雲水峡バス停到着
16時頃:宿へ到着
※屋久杉自然館バス停留から荒川登山口までの往復チケットを購入したが、帰りは白谷雲水峡からのバスで帰ってきたため、チケットを使用しなかった
 使用しなかったチケットは観光センターで返金可能

yakushima01.jpg

四日目:
7時:種子島経由の高速船で屋久島から鹿児島へ
9時半:鹿児島へ到着
10時頃:鹿児島空港へのバスに乗車
10時40分頃:空港へ到着
14時半:鹿児島から成田へ
        反省点
・荒川登山口までの専用バスが混雑のため第4便になってしまったことについて
屋久杉自然館バス停留へは宿から6分ほどの距離のため、タクシーなど利用して公共バスより先に向かった方が、第1便などの早い専用バスに乗れただろう。

 以上です。

 管理人は今のところ屋久島に行きたいとは思っていないので、書かれている内容に関心はないのですが、旅行を計画している人には確かに役立つかも知れません。宿泊先などを見ると若者向きの旅程でしょうね。

 参考までに、息子は時々山登りをしています。登山の部分の記述は、体力のある人向きです。


posted by ネコ師 at 00:33 | Comment(0) | 世界遺産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月08日

世界遺産 シルクロード(第1回):サマルカンド


 ウズベキスタン共和国は、シルクロードのほぼ中央に位置する。人口は約2685万で、約80%がウズベク人である。首都は、タシケントで、国の東部に位置している。シルダリア川流域の交易都市として栄えた町だ。

 国の中東部にあるサマルカンドは人口約36万の古都である。チムール帝国時代に造られた青色のタイルで覆われたドームや尖塔などからなるイスラム建築が立ち並び、「青の都」と謳われて、文化交差点として世界文化遺産に登録されている(2001年)。

 いわば、チムール帝国の遺産の町で、それ以前の建物はチムールによって徹底的に破壊されたという。

 どうもサマルカンドと聴くと「ファイナルファンタジー」にも名前が出てきたような? イスラムっぽい響きがあり、異国情緒をもり立ててくれる。

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ウズベキスタンで美女発見exclamation&question

 二人は姉妹で、右側が現地ガイドの女性、左側がこの中のお店の店員として働いている女性です。姉妹でしっかり稼いでいます。えらいexclamation×2

 でも、二人の顔立ちは全然似てない。

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ウズベキスタンでコタツ発見exclamation×2

やはり冬は冷えそうです。特に石造りだから。

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ウズベキスタンで美女発見exclamation×2(またか。おいおいたらーっ(汗)

 これは首都タシケントで撮影した女学生?です。

Samarkand08.jpg

 サマルカンドの見所は何といっても「レギスタン広場」。

 この規模には、圧倒される。尖塔が周囲に3本あった。たしか? 

 現地のガイドから聞いた話では、この建物は僧院として、子ども達が寝泊まりしながら神学を学んでいたらしい(2年前なので記憶がだんだん薄れてきた、というか、ほとんど忘れてしまった)。当時はまさかブログを書くとは考えてもいなかったので。

 ちなみに、ウズベキスタンではウズベク語とロシア語が大体半々の割合で使われていて、インテリほどロシア語を話すそうです。

 ちょっとロシア語に挑戦してみたけど、文字を覚えるのが精一杯。読めないと発音もできないので、これには困った。

 やはりスペイン語が簡単で私には合っているみたいです。

 次回は、やはり世界遺産のブハラに足を伸ばしましょう。



(写真の撮影:2006年9月)

<この記事は本館から引っ越し、書き直しています。本館の記事は削除しました>
posted by ネコ師 at 17:14 | Comment(0) | 世界遺産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

世界遺産 シルクロード(第3回):ブハラ その2

 前回に引続きまして、ウズベキスタンの世界遺産の古都ブハラです。

 ブハラは小さな町で、ほぼ1キロメートルの中に主な見所が集まっています。

 市内(といっても、非常に小さい)のホテルから外に出て、歩き出すと、すぐにバザールにたどり着く。道の両側は土産物店ばかり。あまり質のよう物は売っていないので素通り。

 5分も歩くと、巨大な塔が見えてきます。カラーン・ミナールです。

【カラーン・ミナール】

 1172年、カラハン王朝時代に建造。高さは47mで、昔からブハラの町を示す道しるべのミナール(尖塔)としても使われていました。

 この塔から罪人を落としたとも言われています。

ウズベキスタンの詳細情報をまとめました。旅をするなら自然と歴史と文化を学ぶことが重要です。

景観とは文化であるということをご存じでしたか。

 景観とはその地域の文化そのものなんです。

 ウズベキスタンのことを知らなければ、ただの通行人になってしまいます。中央アジアの情報はネットで見てもほとんどないですね。断片的なものばかりです。というわけで、・・・・。

【ウズベキスタンの詳細な情報をまとめました】
 バナーをクリックすると別ページが開きます。

 このプログの日記だと大量の記事は読みにくいので、別ファイルにしています。

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ウズベキスタン ブハラ

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この画像は拡大表示できます。
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次回は、ここから徒歩5分のアルク城へ。わくわく!

 こんな感じのお城です。

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<この記事は本館から移動しました。本館の記事は削除しました>



posted by ネコ師 at 17:13 | Comment(0) | 世界遺産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

世界遺産 シルクロード(第2回):ブハラ その1


 ウズベキスタンの世界遺産、お約束のブハラです。

 9〜10世紀のサーマーン朝の時代には首都として栄え、現在もブハラ州の州都になっています。当時の面影を色濃く残すモスクや日干しレンガの街並みがあることから、1993年、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に指定されました。

 町全体がこのレンガ色一色で覆われていて、いやがうえにもシルクロードに立っていることを感じさせてくれます。

 この町は、サマルカンド以上に日本人の大好きなシルクロードの古代都市という感じがします。サマルカンドに並ぶシルクロードの要衝の地でした。日本人のイメージ通りの町です。

 ここでも、お土産屋の売り子も日本語を話していました。たしかに、日本人の観光客が多い。日本から比較的近い(南米に比べてですが)ことが理由の一つでしょう。

 町は小さく、1キロ四方ほど。土産売店ばかりが目に付く。移動は徒歩で十分、というか、それ以外は無理。

 下の写真は、玄関を撮そうとカメラを構え、シャッターを切る直前にたまたま出てきた女の子です。私も先方も唖然!

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(ブハラは3回に分けで書きます。)


<この記事は本館から移動しました。本館の記事は削除しました>


posted by ネコ師 at 17:08 | Comment(0) | 世界遺産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

世界遺産


 1972年11月16日にユネスコの総会で満場一致で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)に基づいて、『世界遺産(World Heritage)』として世界遺産リストに登録されている。

 このような国際条約は、一定数の国が批准、締結しなければ発効しない。世界遺産条約の場合、1975年に20ヶ国が条約を締結し発効した。

 最初の登録国・世界遺産は12となっている。

[自然遺産]
アメリカ : イエローストーン
エクアドル: ガラパゴス諸島 
エチオピア: シミエン国立公園
カナダ  : ナハニ国立公園

[文化遺産]
アメリカ : メサ・ヴェルデ 
エクアドル: キト市街
エチオピア: ラリベラの岩窟教会群
カナダ  : ランス・オー・メドー国立史跡
セネガル : ゴレ島
ドイツ  : アーヘン大聖堂
ポーランド: クラクフ歴史地区  
ポーランド: ヴィエリチカ塩坑 

 世界遺産をたくさん見てきたはずなのに、この1号登録の世界遺産には一つも行ったことがありません。

 日本がこの条約に批准したのは20年後の1992年のこと。なぜこんなに遅くなったかというと、条約への加盟が、UNESCOへの拠出金の増額につながるなど国益にならないと当時、判断されたためだそうです。

 1972年といえは、イスラエルのテルアビブ空港での日本赤軍乱射事件やグアム島で横井庄さんが発見された年。日本は決して豊かな国ではなかったということでしょう。

 国際条約への加盟には、まず国益が優先するのはどの国にも同じこと。

 これと似ているのが京都議定書です。

 京都議定書は、1997年に京都で開催された第3回気候変動枠組条約締約国会議(地球温暖化防止京都会議、COP3)で議決した議定書。

 この発効条件は、(1) 55か国以上の国が締結、(2) 締結した附属書I国(先進国、積極的に参加した諸国)の合計の二酸化炭素の1990年の排出量が、全附属書I国の合計の排出量の55%以上、の二つがあったため、その発効が危ぶまれていましたが、2004年、ロシアが批准したことで、2005年2月16日に発効しました。議決から発効まで7年を要したことになります。

 アメリカが京都議定書に批准しないことを非難する立場にないことは、世界遺産条約への日本の加盟の遅れを見れば明らかかも。

【本サイトの世界遺産の記事リスト】

 管理人が実際に訪れた世界遺産の記事を書いています(ココ島を除く)。旅行に役立つ情報です。

【このブログで下の全ての記事を読むことができます。リンクしているので、目的の記事に直行できます】(本館の記事は削除しています)

ペルー: 「世界遺産 ペルーのマチュピチュ

ボリビア: 「ボリビアのウユニ塩湖(ここは世界遺産ではありません。本館に2010.1月の雨季のウユニ塩湖の画像を大量にアップしています。)

ウズベキスタン: 「世界遺産 シルクロード(第1回):サマルカンド

ウズベキスタン: 「世界遺産 シルクロード(第2回):ブハラ その1

エジプト:スフィンクスの尻尾

【本館で読むことができます】
(本館の右サイドバーの「カテゴリー」「世界遺産」から入ることができます)

ボリビア:白い都スクレ(スクレについては、やたらと詳しい記事がたくさんあります)
ボリビア:「アンデスの治療師カリャワヤとボリビアの薬草」(無形文化財)
ボリビア:銀の町ポトシ
ボリビア ティワナク遺跡

ペルー:マチュピチュ(2010年8月)
ペルー:クスコ(2010年8月)

オランダ領キュラソー:杉原千畝との関係も書いています。

メキシコ: テオティワカン(古代メキシコ文明とアステカ帝国の滅亡についても、詳しく書いています)

メキシコ:チチェン・イッア

エジプト:クフ王のピラミッド(ピラミッド建設の謎に挑んでいます)

中国:万里の長城

コスタリカ:ココ島

スリランカ:ゴール

インド:タージマハール
インド:エローラ石窟群
インド:アジャンター石窟寺院
インド:アグラ城塞
インド:タージマハル

パラグアイ:イエズス会伝導所




posted by ネコ師 at 16:14 | Comment(0) | 世界遺産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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